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一番はしの家はよそから流れて来た浄瑠璃語りの家である。宵のうちはその障子に人影が写り「デデンデン」という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。
「水はこんなにきれいでたつぷりしているだらう。鯉だつて鮒だつて、鯰なまずも、ハヤも、鰻うなぎ、アカハラ、それに鮎は名物だらう。こんなに沢山魚のいる河が他にありますかい」
「いや、そのうち又ゆつくり話さう」
その何番はわたしの隣室で、当分お客を入れないといったのも無理はない。そこは幽霊(?)に貸切りになっているらしい。宿へ帰ると、私はすぐに隣座敷をのぞきに行った。夏のことであるが、人のいない座敷の障子は閉めてある。その障子をあけて窺うかがったが、別に眼につくような異状もなかった。
「それは、まあ、都会風でいけばそれでいゝわけだが」
それは初めて口に出す言葉だつた。
盛子の顔からはもうあの一人でうれしがつているやうな無邪気さは消えていた。代りに現れたものは物柔い優しさに満ちた注意深さだつた。
「さやうで御座りますか。お忙しいところを御苦労さまで」
「お松は「い」の字と言う酒屋に嫁よめに行ったです。」
「いつから――?」
「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」
徳次はやつと安心した。さう云はれてみると、なるほどちつとは大きいかなと思つた。持つて来た甲斐があるといふものだつた。
その外から見れば屋根と築地塀だけのやうな家の前で、三人の男が立つてしきりと話していた。